【読書レビュー】騒音文化論~なぜ日本の街はこんなにうるさいのか~

どうも新村です!

 

今日紹介する本は中島義道さん著の騒音文化論です。

みなさんも身近な騒音にストレスを感じたりした事はないでしょうか??

飛行機の音がうるさい近所の犬が吠えてうるさい。そういう経験ありますよね。

 

しかし、この本に書かれている騒音はそういった普段私達が不快に思ってしまう大きな騒音ではなく、私達が騒音として感じていない騒音についての話です。

 

中島義道さんについて

著者の中島義道さんは商店街で流れるスピーカーに抗議したり、駅員のマイクを取り上げ線路に捨てたりと、バスの管理放送をやめさせるように日頃行動している人。

このような行動をとる人達は周りから見れば、変な人、頭がおかしいと思ってしまいます。

中島さんは平均的日本人が不快に感じない潜んだ騒音や過剰な看板や標語に対しても嫌悪し、怒鳴りちらして抗議をしてしまう傍から見ればうるさい人間です。
 
 

日本人はおかしいかもしれない

例えばスーパーに行くとします。

とあるスーパーで聞こえる音を思い出しながら書き出していきます。まずBGM、店内放送、入口にいらっしゃいませとスピーカーから流れる。各売り場ごとにピックアップされた商品の宣伝映像が流れ、呼び込み君と呼ばれる録音された「今日のおススメ商品は〇〇〇です。お安いです。」と何度もループされる音。売り子さんの試食どうぞ~!という声。レジから出る電子音、人々の騒めき、子供の叫び声・・・・etcなどなどスーパーだけでもこれだけの音があります。

 

しかし、この音を普段私たちは「うるさいな~」とはさほど感じずに、むしろ好印象として捉えている人も多いかもしれません。

では外国人の目線から見ると日本のこの音をどう感じているのか・・・

騒音文化論のページからいくつか抜粋して、要約してみました。

外国人から見た日本の音

 
「アウトサイダーからの手紙」という本では日本人男性と結婚した外国人女性の日本の途切れる事のない音の洪水に対して書かれている。
 
日本という不思議な国では、微に入り細をうがつアナウンスが、ほとんどひっきりなしなのだ。千葉・東京間の短距離だろうと、ぐるぐる回る山の手線だろうと、フランス・デンマーク間などの汽車のためのアナウンスの十倍がたはていねいにやる。電車が来ます、からはじまって、危ないから白線の内側にいてくれの、ドアが閉まりますの、ちゃんと並んでくれの、ひっきりなしにアナウンスするのである。まるで乗客が何のわきまえも判断もない三歳児であるかのように。
 
あるフランス人の女性の、東京経験談ではハチ公前で「音」と「スクランブル」に圧倒されて、意識を失ってしまったり、別のスイス人の婦人は、東京滞在数年の間に「音の拷問」の不安のために、外出恐怖症にかかった。一度だけ必要に迫られてあるデパートの入口まで行ったことは行ったが、あまりの「音」に脳貧血を起こしてまた倒れてしまった。

このような例から外国人から見ると私達が普段耳にしている音はとても騒がしく耐え難い苦痛にも感じる。

何故日本人はこの騒音をなんとも思わないのか・・

感想

中島さんは平均的日本人が不快に思わない、普段気付かない音や標語、看板にも嫌悪感を抱いてしまいます。平均的な日本人はこの騒音を日本という文化を通じて皮膚の中まで浸透してしまっているのでこの騒音の異常性に気付けない。という事がこの本では書かれていました。

日本人は謙虚で相手を気遣う心、おもてなしのような文化があります。

日本という文化がかえって過剰なまでのアナウンスやスピーカーの注意喚起などを増やしているのかもしれません。そしてその日本の文化に慣れてしまっている私達はそれを苦痛に感じないのかもしれません。

音については上手く使えば効果的ですが、一歩間違えば騒音になってしまいます。もう一度本当にそれは必要なのか。その人の為になっているか。周りの人の迷惑にならないか。周りの景色を壊す原因になっていないか。など慎重にならないといけない問題です。

音を扱う人間は必ず読んで欲しい本だと思います。

 

ではでは

 
 

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